「Malulani Lino」とは大好きなHawaiiの言葉で「神に守られて光輝く」と言う意味。日々の出来事が、素敵な思い出としていつまでも忘れずに輝いていけるように、色々な事を書いていこうと思います・・・。


by malulani-lino
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去年の私(妊娠から流産まで)

早いな~。1年ってあっという間です。
去年のちょうど今頃に妊娠が発覚した私。
本当はまだ後1年位は夫婦2人で過ごそうかな~と考えていた。
ところが思いもよらぬ妊娠発覚。とってもうれしかった。
毎日ニヤニヤ、気分はもうすでにママ。病院で診察してみると妊娠3週目ほど。
ドキドキしながらも5週目に検診に行くと心拍も確認された。
毎日のように本屋さんに行き、妊娠・出産雑誌を買いあさり、たまに見かける流産の体験談などは全くの他人事だった。そんな他人事な体験をしてしまうなんてその頃の自分は知る由もない。
5週目に差し掛かった頃、トイレに行くと・・・・出血。信じられないとばかりに何度も何度も確かめた。けれど何度トイレットペーパーで拭いてみても血が付いてくる。
うろたえながらも即病院へ。診察によると・・・絶対安静。
毎日毎日ほとんど動かず寝たきりで過ごした。そんなある日・・・トイレに行き、洗面所でふと自分の顔を見た。何かが違う・・・。そんな胸騒ぎから病院に行くことに決めた。久しぶりの外出。その日は旦那もお休みだったので一緒に病院へ付き添ってくれた。
診察台に乗り、不安を抑える。今までエコーの画像を見せてくれていた先生が見せてくれないままポツリと言った。「残念だけど心臓の音が確認できないです。ご説明しますので隣の診察室へ・・・」と。頭がクラクラする。夢じゃないかとも思った。フラフラしながらも診察室へ移動。
先生から「流産は間違いありません。けれどね、流産というのは赤ちゃんが生まれてこれたとしても病気になってしまう。自分の病気のせいでお母さんに迷惑をかけたくないって思って赤ちゃんが自ら出て行ってしまうことなんです。とても親思いのいい子だったんですよ」と言ってくれた。そして診察室にいた旦那が入ってきて事情を聞いた旦那が私の肩を抱き、私は旦那にしがみついて思い切り泣いた。帰宅した後は今まで堪えていた旦那も泣き出し、涙が枯れるまで一緒に泣き続けた。。。。

ほんの短い間だったけれど私達夫婦はとても幸せで、生きるということの大変さと命の大切さを教えてもらったきがする。。。先生からは「1週間後に手術を行うので」と予約をさせられた。
もう心臓は動いていないけれどまだ自分のお腹の中にいる。でも私は沢山のありがとうを毎日お腹に語りかけ1週間を過ごした。。。。
それから・・・手術前日の夜中、突然生理痛のような痛みがお腹にきた。
寝ながら心配する旦那。「大丈夫だよ」と言いながらも痛みは増す。
段々と意識が薄れ・・・・気が付けば病院に救急車で運ばれていた。私の体は手術を待たず
自分の力でお腹の子を出してしまったらしい。結果的には手術をするより全然いい事なのだと言われた。その時の私はやけに落ち着いていてすっきりした気分だったのを覚えている。
「すぐにまた出来るから平気よ~」と皆に励まされ、私自身も希望を胸に抱き頑張ろう!と誓った。けれど本当に大変だったのはこの後・・・。無神経に赤ちゃんの話をしてくる人や、次ぎへの期待を隠せない為に何度も何度も励ます親族。そんな言葉から逃れる為に無理に元気さをアピールしてみたりでとても疲れていた・・・。そんなストレスを抱えながらもその後一向に妊娠する予兆は見られず今に至る。この1年、仲の良さには自身があった私達夫婦も何度かぶつかりあった。そのほとんどは赤ちゃんの事。赤ちゃんさえ出来ればこんなに喧嘩しなくて済むのに。
そう思ったり、喧嘩したり・・・・。けど私は今になって思う。流産したからこそ夫婦の絆も深まり、
親のやさしさや友達のやさしさを改めて知ることができたのだと。
赤ちゃんもきっと喧嘩ばかりしている夫婦の所になんて来てくれるはずがない。
そう思いこれからは前向きに明るく頑張って行こうと誓った。
だからこそこのブログを復活した。

以上が私の去年の悲しい経験です。そんな同じような経験をした方、私のブログを見て共感していただけた方や同じ経験をして間もない方の為にもこれからもいろいろ書き込みをして頑張って行きたいと思いますので、皆さんも一人で抱え込まず一緒にいろいろ語っていただけると嬉しいです。
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by malulani-lino | 2007-02-20 19:37